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東京高等裁判所 昭和31年(ナ)3号 判決

原告 岡本力三 外二名

被告 埼玉県選挙管理委員会

補助参加人 桜井文之助 外一二名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告等訴訟代理人は、「昭和三十年四月三十日に執行された埼玉県鴻巣市市議会議員一般選挙の第一選挙区における選挙を無効とする。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、昭和三十年四月三十日に埼玉県鴻巣市市議会議員の一般選挙が執行され、原告等は、いずれも同選挙人である。

右選挙については、第一区から第六区までの選挙区が設けられたが、原告等及び訴外鎗田醇夫、河野弥生は、第一選挙区(鴻巣地区)における選挙の効力に異議があつたので、同年五月十三日鴻巣市選挙管理委員会に異議の申立をしたところ、同委員会は同年六月十一日異議申立を棄却する旨の決定をなした。

原告等及び前記二名の者は、右決定に不服であつたので、同年六月三十日被告委員会に対して、訴願を提起したが、(訴願人のうち河野弥生は、その後訴願を取り下げた。)被告委員会は、昭和三十一年二月二十日原告等の訴願を棄却する旨の裁決をなし、同日付で埼玉県報にこれを告示した。

二、しかしながら、右第一選挙区における選挙は、次に記載するように選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるものであるから、これを無効としなければならない。

(一)  右第一選挙区には、第一から第四までの投票所が設けられたが、およそ選挙において、投票立会人は、各候補者に無関係の者を選任し、選挙の公正を保持しなければならないことはいうまでもない。しかるに前記第一選挙区各投票所における左記投票立会人は、いずれも特定の候補者と次のような特殊の関係を有する者である。

第一投票所

小林利七  候補者関口理の妻むめの実兄

巣瀬あさ  同人の長男巣瀬邦三は、候補者佐藤輝彦の選挙参謀

第二投票所

栗原りん  (中途不適任として交替された。)候補者塚田邦三に自宅を選挙事務所として提供、同人の夫栗原常次郎は同候補者の選挙運動の参謀

木村靖   (栗原りんの後任)鴻巣市選挙管理委員で、同投票所の選挙長

岡本ウメ  同人の一家は候補者栗原義雄の熱心な選挙運動者であり、ことに同人の長男岡本倉吉は同候補者の強力な選挙運動者

第三投票所

岩田ふじ  候補者遠藤忠一郎の有力な選挙運動者

第四投票所

須永俊三郎 候補者岡崎兵蔵の推薦人であり、その選挙運動者

選挙にあたり、投票所の微妙な空気が有権者に反映して、投票の結果に重大な影響を及ぼすものであることはいうまでもなく、前述のように特定の候補者の運動員であつた投票立会人が、先に投票を依頼してある有権者に対し、投票所において目を以て投票を依頼することもできる。有権者中特定の候補者に何等関係のない者があるのに、ことさら特定の候補者に関係のある前記の者を投票立会人に選任したことは、ある候補者のみを利することとなるので、甚だしく公正を失する。

右のように特定の候補者と関係ある者を投票立会人に選任した結果

(イ) 第一投票所立会人小林利七はその席を離れて、有権者の投票狩出しに専念し、電話で有権者に投票を依頼した。この際小林利七が特定候補者の運動をやつていたとすれば、電話で呼び出された有権者は、同人に頼まれ、その支持する特定候補者に投票する結果となる。小林利七の行為は、運動期間後の運動となつて違反となるのはもちろんであるが、投票立会人たるの地位を利用して、その職務義務に違反し、特定候補者のため運動をしたもので、選挙の公正を害したものといわなければならない。

(ロ) 第二投票所立会人栗原りんは、前述のように候補者塚田邦三と特殊の関係にある者であつたが、投票場において、有権者が投票用紙に記載する前一々「御苦労様です。」と挨拶し、首を前に屈していたので、問題となり交替された。

かくの如きは著しく選挙の公正を害するものといわなければならない。

(二)  右選挙区における開票は、同日午後七時から、鴻巣市東小学校講堂を開票所として行われた。開票所に入ることを得る者は、開票事務従事者及びその場所を監視する者、当該警察官でなければならないのに、同開票所には、以上のいずれにも該当しない、鴻巣市長栗原光次、同市助役松村小重郎並びに新聞配達員、同販売員及び同所女子事務員等多数入所し、そのため開票所は甚しく雑沓混乱し、秩序は乱れ、法の規定に違反することは明白であつた。右混乱は開票当日の午後八時から十時に及ぶ二時間にわたり、たまたま開票立会人玉貫文生が選挙長木村靖にこれを注意したため、木村靖は開票従事者以外の者を退去させたが、栗原市長及び松村助役はなお退去せず、開票の結果判明まで残留した。

右不法立入者等は、投票の点検、計算を手伝つたり、点検台や各候補者別に分類する台のところにあつた投票に手を触れ、これを持ち運ぶ等の仕事もやつていた。なお点検、計算にあたり、投票点検者が各候補者別の票五十枚ずつを一括して綴り、これを開票立会人に手渡し、開票立会人が調査したのに、五十枚一括したものが、四十枚に減じていたものが、相当多数あつた。かゝる状態のもとにあつては、投票が紛失したかも知れず、また投票のすり替えも可能であつたと考えられ、次項で述べる投票用紙紛失の事実を総合すると、投票の結果が、かくの如き事態のために、ゆがめられたと見て差支えなく、選挙の公正は著しく害されたといわなければならない。

各開票は、前述のように四月三十日午後七時から開始され、その終了したのは、翌五月一日午前二時で、前後七時間の長時間にわたつている。これは投票の自然の結果を故意に変更するために、長時間を要したものであり、栗原市長の如きは投票を持つて、開票場内を右往左往していた事実は、多数の者が目撃したところである。

(三)  同選挙に使用する投票用紙は、一万七千三百枚印刷されたところ、(イ)当日投票のため使用された数は一万五千三枚、(ロ)これより先不在者投票のため使用された数は百九枚であるから、印刷した総数から右(イ)(ロ)を控除した二千百八十八枚が残存しなければならない。しかるにそのうち十五枚が紛失して行衛が不明である。(当初十六枚が不明であつたが、後一枚の使用が発見された。)

この事情について市選挙管理委員会職員島田義一は、印刷所から余分に印刷した分として引き渡された投票用紙十二枚は、これを焼棄したといつているが、右用紙を印刷した同市アサヒ活版所は、余分に印刷した用紙百七十枚を島田義一に渡したといつている。島田義一がこれを焼棄したかどうかは疑問であつて、もし印刷所のいうようであれば、市選挙管理委員会職員の手には多数の余分の投票用紙が存在したことゝなり、これが不正に使用された疑問が残る。

なお右十五枚の外に、同市第二選挙区(箕田地区)の開票管理者羽鳥宇三郎の受払に付二十一枚あつたという送達書を、島田義一は残紙十八枚と改ざんした事実があり、ここに更に三枚の行衛が不明となり、紛失した枚数は合計十八枚ということゝなる。

元来印刷された投票用紙は、同市選挙管理委員会の印まで刷られているので、それ自体完全な投票用紙であつて、これに候補者の氏名を記入するだけで、完全な投票となる。かゝる投票用紙を注文以外に余分に印刷するのも不思議であるが、もし余分ありとすれば焼棄すべきで、それが誰であろうと、これを受け取り、引き渡し、私するを許すべきではない。

また各投票所に何枚の投票用紙を渡したか、何枚使用し何枚残つていてこれを受け取つたか等、受払精算書を作成し、保管しておくべきであるのに、これを作成しておかなかつた鴻巣市選挙管理委員会は、故意であつたか、少なくとも重大な過失がある。

本選挙においては、投票所以外に多数の投票用紙が使用され、かつこれが前記開票所の混乱に乗じ、正規の投票に混入したと想像されるので、かくの如きは選挙の公正を著しく害したものというべきである。

なお第五投票所の庶務係書記が、包みもれの投票用紙の残紙三枚を自宅で焼却したとの被告代理人の主張事実を否認する。

三、本選挙が公正に行われなかつたことは以上述べるとおりであるが、本選挙における最下位当選者は栗原義雄で、その得票数は二百七十票、最上位落選者(次点者)は河野弥生でその得票数は二百五十九票、次位の落選者は原告石井徳太郎でその得票数は二百五十八票、すなわち最下位当選者との得票の差は、それぞれ十一票及び十二票にすぎない。しかも投票用紙の紛失枚数は、最も少なく見ても十五枚、多ければ百数十枚であつて、これが不正に使用されたことの想像に難くないのは、これまた前項において述べたとおりであるから、もし公正妥当な選挙が行われたとしたら、最下位当選者は落選し、次点者更にその次位の落選者も当選していたものと思われる。

しかも前記(二)に述べたような開票場の混乱、開票事務従事者以外の入場の事実を考え併せれば、その間投票の紛失、すり替えの危険は十分ある。

ことに最下位当選者栗原義雄は、栗原市長の実弟で、栗原市長は終始開票場にあつて投票を数え、または持ち運ぶ等の不正行為をしたり、次点者となつた河野弥生の当選が発表され、栗原義雄の落選が伝えられると周章ろうばいして、投票を数えたり持ち運んだりして、その後長時間を経て、栗原義雄の当選が発表され、河野弥生の次点が確定した。開票場の空気を知る者は、この選挙の結果に到底承服することができない。

およそ選挙が無効となるのは、その選挙が選挙の規定に違反して行われ、かつこれらの違法がなかつたならば或は異なる結果が生じていたかも知れないと考えられる場合でなければならないが、この選挙の規定に違反したとは必ずしも選挙法の明文に違反した場合のみではなく、その選挙が全体として公正に行われなかつた場合をも包含する。本選挙は投票立会人の選任、開票所の混乱及び投票用紙の取扱等ことごとく公正妥当なものではない。これはまさに選挙法に違反するものであり、従つてこの公正ならざる選挙のため、市民の真の意思が結果として表現されなかつた。もしかゝる選挙でなかつたならば、選挙に異つた結果が生じたかも知れない。よつて本選挙を無効とするため本訴に及んだものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実は、これを認める。

二、同二の事実及び主張は、次の事実を除いて、全部これを争う。すなわち、

(一)  第一選挙区に第一から第四までの投票所が設けられ、それぞれの投票所に原告主張の人々が投票立会人に選ばれたこと並びに第一投票所立会人小林利七が候補者関口理の妻むめの実兄であり、同人が投票所である南小学校の電話を二回にわたつて使用したこと、及び第二投票所立会人栗原りんの自宅が候補者塚田邦三の選挙事務所であり、また同人が中途立会人を、辞退し、その後立会人に選任された木村靖が鴻巣市選挙管理委員で第一選挙区の選挙長であつたことは、これを認めるが、原告主張(一)のうち、その余の事実はこれを争う。投票立会人の選任については、法律上候補者と無関係の者を選任しなければならないとの規定はなく、かりに候補者と関係のある者が投票立会人として選任されていたとしても、そのために選挙の公正が著しく害されたことが立証された場合は格別として、違法の問題は生じない。

(二)  第一選挙区における開票が、選挙の当日午後八時から翌五月一日午前二時まで鴻巣市東小学校講堂において行われ、鴻巣市長栗原光次及び同市助役松村小重郎が開票所に入り、点検台及び候補者別に分類する台のところにおいて、投票の整理を手伝つたこと並びに新聞販売店の店員及び新聞配達員が数名入場し、整理台の上に積み重ねられてある整理済の投票が何把あるか数える等投票に手をふれ、選挙長木村靖の注意により退去した事実は、これを認めるが、原告主張(二)のうち、その余の事実はこれを争う。

開票立会人が投票を点検する際、五十票の伝票の付してあつた束で、四十枚しなかつたものが一束あつたが、これは開票立会人のところで直ちに発見され点検係に戻されており、このような軽易な誤りがあることは、いずれの選挙会場においても見られることであつて、投票は開票立会人の全部の手を経て、選挙長が更に点検し、しかる後二人の計算係の手により格別に最終的に計算されるのであつて、本件の選挙において、その取扱に不正が行われたとは認められない。原告代理人は、その他投票の点検、計算にあたり紛失、すりかえも考えられ、また開票が長時間を要したのは、自然の結果を故意に変更するためであると主張するが、かくの如きは原告等の単なる空想的憶測に過ぎず、また会場が甚しく雑沓混乱した事実もない。その他会場の設備に不適当と認められる点はなく、特にこれが照明には電燈を増設する措置もとられ、相当の明るさが得られていた。これに加え会場には、十名の開票立会人及び百名を超えたと推定できる参観人が約五米離れた場所から注視しており、かかる状況のもとにおいては、原告の主張するような不正が行われたとは認められない。

(三)  同選挙に使用する投票用紙(市選挙管理委員会の印が同時に刷り込まれている。)は、一万七千三百枚の印刷を注文し、うち一万五千百十二枚が原告主張の(イ)及び(ロ)の投票のため使用されたから、二千百八十八枚が残存しなければならないところ、実際残つた枚数は二千百七十三枚で、しかも外三枚は後に述べるように、焼却されたことが判明したので、差引計算上十二枚不足している。

しかしながら印刷した投票用紙一万七千三百枚は、これを梱包し、市職員吉田次作が印刷終了後、これを印刷した同市アサヒ活版所から、市選挙管理委員会へ持参したものであるが、その際右梱包の外に余分に印刷したと思われる投票用紙十二枚を包んで、市選挙管理委員会書記島田義一に渡し、島田義一がかくの如き余分のものがあると誤りのもとであるとの判断から、これを市選挙管理委員会事務室において焼却した。従つてこれが原告主張のような不正の用途に使用されたことはない。

また同市第二選挙区(箕田地区)の第五投票所(投票管理者羽鳥宇三郎)から送付された投票用紙の残紙の包書に、二十一枚とあるのが、十八枚と書き改められてあることは、これを認める。しかしながらその後調査の結果によると、第五投票所庶務係書記は、残紙包装後三枚の包みもれを発見したため、これを自宅に持ち帰り焼却したことが判明した。このため第五投票所から第二選挙区選挙長を経て、市選挙管理委員会へ送付された投票用紙残数は訂正されたとおり十八枚である。

印刷した投票用紙の保管は、市選挙管理委員会事務室内の戸棚の中に入れておいたのであり、これを各投票所に配付するにあたつては、あらかじめ市選挙管理委員会において、投票所ごとの所要枚数を計算して梱包し、四月二十八日開催の投票管理者及び投票所庶務主任者会議の席上交付した。また各投票所における残紙については、投票用紙等受払計算書とともに、これを選挙長に送付し、選挙長は市選挙管理委員会に引き継いでおり、その取扱については、若干適当を欠く点はあるが、原告の主張するような不正が行われたとは認められない。

三、原告主張の請求原因三の事実のうち、各候補者の得票数が原告主張のとおりであることはこれを認めるが、その余の事実及び主張は、これを争う。

第四補助参加人等の主張

補助参加人等代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因中、一の事実、並びに二の事実のうち(一)原告主張の人々がそれぞれ原告主張の投票所の投票立会人に選任されたこと、(二)栗原市長及び松村市助役が開票所に入つたこと、(三)右選挙における投票用紙の印刷枚数、使用枚数、残存枚数、不足枚数が原告主張のようであること及び三の事実のうち各候補者の得票数が原告の主張のとおりであることは、これを認めるが、二の(一)及び(二)のうちその余の事実は知らない。その余の原告の主張事実は、これを否認すると述べた。

第五(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一の事実及び当該選挙の結果候補者の得票数が、原告の主張のとおりであつたことは、当事者間に争のないところである。

二、よつて原告が、選挙の規定に違反し、選挙を無効ならしめる原因として主張する請求原因二の各事実について、順次判断する。

(一)  右選挙における第一選挙区には、第一から第四までの投票所が設けられ、これらの投票所に、それぞれ原告主張のような投票立会人が選任されたことは、当事者間に争がない。そして証人杉浦秀雄の証言及び原告岡本力三の本人訊問の結果によれば、第一投票所における立会人小林利七が、候補者関口理の妻の実兄であり、また同所における立会人巣瀬あさの長男巣瀬邦三が、候補者佐藤輝彦の選挙参謀であつたこと、第二投票所における立会人栗原りんが、候補者塚田邦三のため自宅を選挙事務所として提供し、同人の夫栗原常次郎が同候補者の選挙参謀であつたことが認められる。しかしながら公職選挙法第三十八条は、当該選挙の公職の候補者が、投票立会人となることを禁止しているが、右に認定したような候補者の親族またはいわゆる選挙参謀等選挙運動に従事した者が、投票立会人となることを禁止した規定は存在しないから、そのことだけを以ては、右選挙が選挙に関する規定に違反したものとすることはできず、また証人杉浦秀雄の証言によれば、右立会人小林利七が、当日投票所から十米ばかり離れた小使室にいたり、親戚に当る関口三郎に「投票に来るように。」との電話をかけた事実を認めることができるが、同人の右行為が、選挙の公正を著しく害したものとは認められない。原告等は、有権者中、ことさらに特定の候補者に関係のある者が投票立会人に選任され、その結果小林利七は、その席を離れて有権者の投票狩出しに専念し、また立会人栗原りんは、投票場において有権者が投票用紙に記載する前、一々「御苦労様です。」と挨拶して首を屈していたので、問題となつて交替され、右事実は、いずれも著しく選挙の公正を害するものであると主張し、原告岡本力三は、本人訊問において、右主張に一致するような供述をしているが、前記認定のように、小林利七が親戚に当る関口三郎に電話をかけたこと及び証人木村靖の証言によつても認めることができる、立会人栗原りんが途中木村靖に交替した事実を除いては、右原告岡本力三の供述(ことに当日投票場における立会人の行動等については、いずれも同人が直接経験した事実ではない。)は、当裁判所たやすくこれを措信することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  右選挙区における開票の事務が、選挙会の事務と合せて、当日午後七時から鴻巣市東小学校講堂を会場として行われたところ、事務従事者でない鴻巣市長栗原光次、同市助役松村小重郎が、右会場内に入つたことは、当事者間に争のないところである。そして証人新井長吉、加藤伊三郎、杉浦秀雄、岡本倉吉、木村靖、玉貫文生、利根川源一郎、栗原光次の各証言と右選挙会場であつた鴻巣市東小学校講堂の検証の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

右選挙会は、木村靖を選挙長とし、玉貫文生、岡本倉吉外八名を立会人として、事実上は同日午後八時頃から開始されたが、開始後間もなく市長栗原光次及び助役松村小重郎が、会場内に入り、投票の点検及び候補者別区分台のところに立ち、開票事務従事者が投票を開披し、これを区分台に運び、分類するのを手伝つた。また同会場には、あらかじめ選挙長の許可を得て、開票の経過を市民に報道するため、数人の新聞記者が入場していたが、開票が進むにつれ、それ以外の新聞記者、新聞販売店員、配達人、女子事務員等が会場に入り、一刻も早く集計の経過を速報するため、そのうちのある者は、点検係の机の上に重ねられた、候補者の氏名別に区分され、五十票ごとに束ねられた投票の小束に指を触れ、その厚さを計るもの等もあつた。そのため場内の秩序が幾分乱れたので、選挙長は、九時頃開票事務従事者以外の退場を命じ、十分ばかり休憩した。しかしその程度は、混乱がおき、収拾がつかないというほどのものではなかつた。市長及び助役は、もともと開票事務にあたる者が、市役所の職員であつたため、自分らも開票事務に関係のあるものと信じ、職員等をねぎらい、執務を監視するつもりで入場したもので、右選挙長の退場の命令も、自分らには関係のないものと考え、また選挙長もあえてこれを退場せしめなかつたので、同人等はその後も会場内に居残り、開票の結果を見、松村助役は十時三十分頃、栗原市長は、十一時頃それぞれ退場した。投票は右に述べたように候補者別に五十枚ずつ束ねられ、これにいわゆる小票が付せられ、点検係から順次立会人の方へ回付されて行つたが、これらの束のうちには、一、二枚不足するものや、または十枚が不足して四十枚が一束とされたものもあつたが、いずれも立会人の手もとにおいて判明し、直ちに是正された。なお計算係員は、両三度にわたり、各候補者の得票数の中間発表を行つたが、最初これを黒板に記載したため、遠くにいた参観人等が柵を越えて会場内へ入つて来た。しかしながら選挙長に制止せられて、直ちに旧に復した。

このようにして事実上の開票の仕事は、午後十二時頃終つたが、その後、有効投票の按分、選挙立会人への報告、計算、投票のこん包、選挙録の調製等を行い、翌五月一日午前二時全部の事務を終了した。

以上認定による市長栗原光次、助役松村小重郎及び新聞記者その他新聞関係人等が、選挙会場に入つたことは、公職選挙法第八十五条によつて選挙会場の取締について準用される同法第五十八条の規定に違反するものであることはいうまでもない。しかしながら同人等が、選挙会場にあつて、前記行為にあたり、投票をすり替えたり、紛失せしめたり、その他不正の行為をしたとの事実は、全然これを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、前記選挙会場の検証の結果及び証人新井長吉、木村靖の各証言を総合すれば、当時同会場には、常時同講堂に設備された八個の電燈、五燈付のシヤンデリヤの外に、特に点検台(氏名区分台と隣接する。)の上に、二百ワツトの臨時灯を設置し、照明は十分に行われ、点検台から約六米距つたところに設けられた参観人席には約百名の参観人が注目しており、その他多数の立会人、従事者の監視のうちにあつて、到底そのような不正な行為は行い得なかつたような状態にあつたことが認められる。

原告は、以上認定の各事実の外に、前記不法立入者が多数入所したため、会場は甚しく雑沓混乱し秩序は乱れ、これが前記認定の不法立入者等の行為と相まつて、かゝる状態のもとにあつては、投票の紛失、すり替えも可能であつたと考えられ、後述する投票用紙紛失の事実とを総合すると、投票の結果がゆがめられたと見て差支えなく、開票が四月三十日午後七時から五月一日午前二時までの前後七時間の長時間にわたつたのは、投票の自然の結果を故意に変更するものであり、栗原市長の如きは投票を持つて、場内を右往左往していたと主張するが、先に認定したところ及び後述する投票用紙の残存数不足以外の事実は、この点に関する証人杉浦秀雄の証言及び原告岡本力三の供述は、当裁判所のたやすく措信し得ないところであり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

してみれば、当時の選挙会場における前記認定の各事実は、未だこれを以て、選挙の結果に異動を及ぼす虞れあるものということはできないものと判断するを相当とする。

(三)  同選挙に使用する投票用紙が一万七千三百枚印刷され、うち一万五千百十二枚が投票のために使用されたから、これを差し引いた二千百八十八枚が残存しなければならないところ、現実に残存する枚数は二千百七十三枚で、十五枚が不足することは、当事者間に争いのないところである。(原告代理人は、これ以外に、第五投票区における投票用紙等受払計算書記載の残存枚数二十一枚と実存枚数十八枚との差三枚を加算して、十八枚が紛失したと主張するが、前記の現実に残存する二千百七十三枚は、第五投票区における残存枚数を十八枚として計算したもので、三枚は不足枚数十五枚のうちに加算されているものであることは、証人島田義一の証言によつて明白である。)よつて右不足する十五枚の投票用紙について考察するに、証人新井進、島田義一、秋元正一、平間節子、吉田次作、小熊勇、羽鳥宇三郎の各証言、鴻巣市大字鴻巣アサヒ活版所の工場及び検乙第一号の各検証の結果、並びに当裁判所が真正に成立したと認める乙第三号証の五を総合すると、次の事実が認められる。

鴻巣市選挙管理委員会は、同市訴外アサヒ活版所に対し、右選挙に用いる投票用紙一万七千三百枚の印刷を依頼した。右投票用紙には、同時に同委員会の印まで印刷されることゝなつていたので、同委員会及び印刷所は、特にその枚数に周到な注意を払い、印刷工はメーターにより投票用紙四枚続きのもの四千三百二十五枚を刷り上げた。右印刷されたものは、四枚ずつに截断され、製本工により百枚ずつ計算して行つたが、その結果一万七千三百枚のほかに、十二枚の余分が出た。同印刷所は、改めて総数を検討することなく、そのまま一万七千三百枚分と、別に十二枚とを包装して、鴻巣市選挙管理委員会へ納入したが、これを受け取つた同委員会書記島田義一は、正確な枚数を確認することもなく、右一万七千三百枚分はそのまま同委員会室に保管し、注文数以外として交付された別包十二枚は、正当なものと紛れて間違いの起るのをおそれ、その場において焼却した。

また同市第五投票区(同区は第二選挙区に属し、本件で選挙の無効が問題となつている第一選挙区とは異る。)においては、はじめ投票用紙六百枚の交付を受け、うち五百七十九枚を投票のため使用したので、その差二十一枚を残余枚数として、鴻巣市第二選挙区選挙長へ送付したが、その直後同投票区係員小熊勇は、残存投票用紙のうち三枚が包み損ねて室内に落ちており、「残紙二十一枚」とした包紙(検乙第一号)の内容が、実際は十八枚で三枚足りなかつたことを発見した。しかし右残存用紙は封印して、これを第二選挙区選挙長にあて送付してしまつた後であつたので、右三枚の投票用紙は、後に処理するつもりで、これをズボンのポケツトに入れ、そのまま第二選挙区における開票事務に従事し、翌朝になつてこれに気付いたが、そのま自宅の七輪に入れて焼き捨てた。

投票用紙の枚数に関して、当裁判所が認定し得たところは以上のとおりであるが、原告はなおこの点について、アサヒ活版所は注文にかゝる一万七千三百枚のほかに、なお百七十枚の投票用紙を余分に印刷し、鴻巣市選挙管理委員会へ交付した旨主張し、その成立に争のない甲第一、二号証(鴻巣タイムス)並びに証人鎗田醇夫の証言及び原告岡本力三の供述中には、右主張と一致するような記載及び証言、供述があるが、右は証人新井進の証言に徴し、当裁判所の容易に措信し得ないところである。

そして以上認定したところによれば、枚数が不足する投票用紙十五枚のうち、三枚は五月一日第五投票所係員小熊勇が自宅で焼き捨てたものであるが、残り十二枚は、果して当初正確に一万七千三百枚印刷されたものを、製本工が計算するに当り、誤つて十二枚余分のものとしてこれを別の包装としたものか、或いは印刷工が計数を誤り、真実十二枚余分に印刷したものか、これを受領した鴻巣市選挙管理委員会書記島田義一が、正確の枚数を確認しなかつたため、これを詳らかにすることができない。若し前者の場合であつたとすれば、不足分十五枚から第五投票区係員小熊勇が焼き捨てた三枚を控除した十二枚は、前記島田義一が、正当なものと紛れて間違いの起ることをおそれ、その場で焼却した十二枚に該当する。また若し後者の場合であり、十二枚が真実紛失したとすれば、もとより、投票用紙の受入、保管、交付及び残存用紙の処理に関する鴻巣市選挙管理委員会の右措置は、甚しく、適切を欠くものといわなければならないが、先に(二)において認定したように選挙会場において、この十二枚が、何人かにより他の投票とすり替えられたり、その他不正に使用されたとの事実を認めるに足りる何等の証拠もない本件においては、右投票用紙の残存枚数が不足することだけを以て、選挙の公正を著しく害し、選挙の規定に違反したものということはできない。

三、以上原告が選挙の規定に違反し、選挙を無効ならしめる原因として主張するところは、いずれもこれを認容するにかたく、また前記認定にかゝる各事実を総合して考察してみても、これらの事実が、右選挙の自由公正な施行を著しく阻害し、選挙の結果に異動を及ぼす虞れあるものとは解されない。

してみれば原告等の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用のうち、原告等と被告との間に生じたものについては、民事訴訟法第八十九条、原告等と補助参加人等との間に生じたものについては、同法第九十四条を適用し、いずれも原告等の負担とし、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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